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2007年11月30日

山と爺さま

夏のことでございます。

燦々と降り注ぐ太陽が、山の木々を大いに沸かせ。

深緑さえ眩しく映る昼下がり。

人里離れた山中に、その爺さまはおりました。

ねずみ色の作業着に身を包み。

一本一本丁寧に樹木の状態を確認しては。

幹を叩いたり、叩いたり叩いたり叩いたりして一喜一憂しております。

知らない人が見れば、認知症でアレな人と勘違いすることでしょう。

しかし樹木に関する仕事を営む爺さまにとって、大事な大事な毎日の日課なのでございます。

その目は優しさに満ちており、爺さまが樹木をどれだけ大切に思っているかを窺い知ることができました。

にぎやかな蝉の声を背中に浴びながら黙々と作業を続けます。

もう何本の木を確認したことでしょう。

おそらく本人も分かっておりませんので、私が知っているはずはございません。

それほどの木々を見てまわったのでございますから、爺さまの顔に疲労が色濃く見えたのも無理なからぬことでしょう。

爺さまは近くに大きく平らな岩があるのを見ると、腰を下ろそうとしました。

しましたが、高齢で視力の衰えていた爺さまです。

目測を誤り、そのまま後ろ向けに引っくり返ってしまったのです。

腰をしたたかに打ちつけ、爺さまは顔を歪めました。








爺さまの家には婆さまがおりました。

いつまでたっても帰ってこない爺さまを心配しておりました。

毎週欠かさず観ているTV番組が終わった頃。

爺さまを探しに、一人、山へと向かうのでした。


「爺さま、爺さま、返事しておくれ〜」


幸いにして夏の頃にございます。

まだ日は沈んでおらず。

山中にあっても道を見失うことはありませんでした。


「爺さまや、爺さまや、どこにおりなさる〜」


しばらく進むと、軽トラックが停めてあるのが目に入りました。

爺さまがいつも乗っている軽トラックです。

しかし爺さまは乗っておりません。

婆さまは山の中を探し続けました。


「爺さま、爺さま、おったら返事しておくれ〜」


その時です。

どこからか声が聞こえたような気がしました。


「爺さま、爺さま、そこにおりなさるんか〜?」



「‥‥‥‥」



「‥‥‥‥」



「‥‥‥‥」



幻聴でした。




婆さまはため息をついて立ち去ろうとしました。

と、その時。


「ワシはここじゃ〜」


爺さまの声です。

今度こそ間違いなく爺さまの声がします。

婆さまは声のする方へと近付いていきました。

そこには、大きな岩の傍に座り込んでいる爺さまがおりました。


「おお爺さま、そこにおったんか」


婆さまは安心して家へと帰りました。





息子達が仕事から戻ると婆さまが何かしておりました。

何かは分からないのですが、何かしておりました。

しかし爺さまの姿が見えません。


「婆さま、婆さま、爺さまはいずこ?」


「山におった」


「まだお帰りになられぬのですか?」


「まだ座っとるんかの?」


「え?」



それからは大変な騒ぎでございます。

一族総出の大捜索が始まったのは言うまでもありません。

頼りになるのは婆さまの記憶のみという頼りなさ。

しかも先ほどとは違い、とうに日は暮れており、明かりの無い山中は真っ暗です。


「爺さま、爺さま、どこにおりなさる〜」


皆、大声を上げて爺さまを探します。

逸れないようお互いの位置を確認しながら山の中を進みます。

木の根につまずき、虫に刺されながらも爺さまの無事だけを祈って探しました。

一時間ほど歩き回ったでしょうか。

先頭を歩いていた息子が叫びました。


「見つかったぞー!」


その声に皆が集まってきます。

大きな岩にもたれかかるように爺さまは眠っていました。

なんとか大事に至る前に見つけることができたようです。

誰もが胸を撫で下ろすのでした。



家へ戻ってきた時、皆の顔には濃い疲労の色が滲んでおりました。

それでもそこには安堵の表情が浮かんでいます。

とはいえ、まだ安心はできません。

何しろ爺さまの容態が分からないのですから。

とにかく本人に怪我の具合を聞いてみることになりました。


「で、爺さまは?」


「え、貴方が背負ってきたのじゃないの?」


「いや、知らんよ、お前は?」


「僕も知らないよ」


「水卿は?」


「いや、知らない」


「‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥」





「ってか、婆さまは?」






歴史は繰り返す。






ポリスメンの方々や近隣住民の皆様方のご協力のもと。

無事、二人が救助されたのは、さらに数時間後のことでありました。





風鈴の音色が涼やかに流れる夏の日のことにございます。



ラベル:日記 思い出 遭難
posted by 水卿 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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